はじめに


 商工会議所は、われわれ商工業者のものです。商工会議所をよく理解し、活用することこそ事業発展の近道といえます。
 そこで、商工会議所の生いたちや、日常の仕事の内容などをご紹介いたします。

商工会議所の生い立ち

 ヨーロッパでは中世紀(約500年〜200年前)のころから、職業は神様が自分に与えてくだっさった尊い立派なもので、公正な方法でお金をもうけることは神のお思召しにかなうことであるという思想と誇りをもっていました。これらの人々は信用と誠実をもっとも大切にして、自分の一生一代を神に仕え、民衆に仕えるという信念で仕事に励みました。
 そのうえ、これらの人々は組合を作って都市の政治を正しいものに導き、自分らの商売の繁栄をはかりました。歴史的にはこの組合をギルドと呼び、これがのちの商工会議所の母体だといわれています。
 世界最初の商工会議所は、1599年フランスのマルセイユに誕生いたしました(わが国では、翌年の1600年に天下分け目の「関ヶ原の役」が戦われています)が、それ以来ヨーロッパ大陸諸国には、フランスに範をとった商工会議所が続々設立されました。
 他方、イギリス、アメリカにもヨーロッパ大陸諸国とは別に、商工会議所制度は独自の発達を遂げています。

商工会議所はみなさんの世論を代表する公的な性格をもつ法人です。

 商工会議所は、地域の商工業者の世論を代表し、商工業の振興に力を注いで、国民経済の健全な発展に寄与するための地域総合経済団体です。したがって、商工会議所の活動には、大企業も中小企業も、みんな力を合わせて、都市を住みよく、働きやすいところにしようという念願がこめられています。

”商工会議所の4つの特徴”

 商工会議所は、
@地域性−地域を基盤としている
A総合性−会員はあらゆる業種・業態の商工業者から構成されてる
B公共性−公益法人として組織や活動などの面で強い公共性を持っている
C国際性−世界各国に商工会議所が組織されている
 という4つの大きな特徴をもっています。

日本で最初の商工会議所

 日本に商工会議所が設けられたのは明治11年で、東京は渋沢栄一、大阪は五代友厚、神戸は神田兵右衛門という実業界の第一流の人々が主唱してつくりました。
 その陰にはこんな話があったのです。

 明治11年といえば、西南戦争の翌年で、日本の夜明けでありました。眠れる子供が目をさましたように、わが国は、文明開化、殖産興業を旗印に国の歩みを進めはじめました。
 そのとき、幕末の開国に際し諸外国との間に結ばれていた不平等条約を改正しろという声が、国の上下に起りはじめ、その折衝には内務卿の伊藤博文、大蔵卿の大隈重信たちが当たっていました。
 英国公使パークスに伊藤公たちが、「条約改正は国民の世論です」というと、パークスは「それはおかしい。いまあなた方は、条約改正は国民の世論であるといわれたが、国会も商工会議所もない日本が、どこでどのようにして国民の世論を聞く方法があるのか、そのような便利な方法があれば、不肖パークス後学のために教えていただきたい」と詰めよりました。さすがの伊藤公たちもこれには返す言葉もありませんでした。
 そこで伊藤公たちは、さっそく欧米の商工会議所制度や、また寛政年間に松平定信が江戸で始めたという町会所の制度などを調べさせてみると、どうしても商工会議所が必要だと考えるようになりました。ですから、実業界の渋谷栄一氏や五代友厚氏らが設立を提唱しますと、伊藤公たちも全面的にこれに協力したのです。
 明治18年までに32の商工会議所ができているのですから、商工会議所の誕生をみんな待ち望んでいたことがよくわかります。

商工会議所法

 商工会議所は、古い歴史を背景に発展してきましたが、いまの制度は昭和28年8月に制定された”商工会議所法”という法律によって運営されている特別認可法人です。
 商工会議所は、その地区内における商工業の総合的な改善発達を図るとともに、社会一般の福祉の増進に資することを目的としています。(商工会議所法第6条)